魔女との付き合い−20年?.5 上京について

品川−馬込−蒲田−馬込−日本橋−両国−浅草−馬込−渋谷−池袋−東京。7月末上京した際の移動経路である。ホテルは馬込だった。

先ずは今春就職し東京に住む長女に会いたかったので、ホテルに荷物を置いたあと蒲田の中華料理屋で落ち合った。そこは2007年から2009年までの東京勤務の際、私の行動のベースとなる拠点だった。会社の社宅は池上線だったので、蒲田で乗り換えていたのである。そして一人のときも、人と会っての飲み食いも大抵、その駅界隈であった。それからよく週末、知る人ぞ知る黒湯の温泉に浸かりに行ったものだ。今長女も池上線沿線に住んでいる。

その翌日から出張でインドネシアへ行く彼女との短い再会であったが、今思えばほとんど仕事上の質問攻めで、心配していた生活のことなどを話す時間はあまりなかった。まあそれだけ自分のやりたいことに集中できているようで、あまり暮らしの方では心配事はないのだと安心したものだ。

次の日、数年前ハノイで同じ会社に勤めた元同僚と、昼食を共にした。二歳年上の同世代人で、リタイヤ後、海外で教師をしたり、軽い事務的な仕事をされている。二年前には関西を旅されたときに再会したりで交際が続いている。さらに8月からはホーチミンの日本語センターに勤務予定で、またあちらで会うことになりそうだ。初めてハノイで生活した際、彼はあのバイクの洪水を渡り切れず、しばらく自分の住む街のブロックから出られなかったという逸話をお持ちの方である。彼とは両国の国技館近くの土俵のあるレストランで食事を共にし、水上バスで浅草まで移動し、夕方別れた。

最後の三日目、旅行で知り合ってお付き合いをしている「池袋のおっちゃん」と五年ぶりに再会した。それはもう10年以上前、サンパウロに勤務していたころ、勤続30周年だかのご褒美でポルトガルへ旅行した際に同じグループにいらっしゃったご夫婦である。私が帰国して東京勤務になったので、その際、しばしば自宅に招待してくださった仲である。その奥様が実は突然病に倒れ、6月初旬に帰らぬ人となられたのである。従って今回は、お弔いの再会となった。

私がまもなくベトナムへ行くと伝えてあったので、駅近くのベトナム料理屋で昼食を共にした。お葬式からもひと月半が経過しており、心の安寧は感じられたものの、仲の良いおしどり夫婦の岐れというものをしみじみと感じさせられたひとときであった。

最後に上京したのは2013年の冬だったと思う。そんなに変わってはいないというのが実感であるが、渋谷駅から新国立競技場あたりが結構変化してきているとの元同僚氏の話もあって、少し覗いて見た。確かにオリンピックの関係で動いているようだった。それとおっちゃんの家のある池袋駅・北口界隈、小さなチャイナタウンが形成されてきているようだ。行き交う人々は、確かに日本人ではなくほとんど中国語を話していた。

日本の首都は、三日の滞在だけでも、動きを感じた。さて、月末行くあちらの首都はどうなのだろう。15,6年ぶりの北京に高まる期待を感じたものである。

写真:

左:渋谷駅付近

中:ハチ公周辺

右:両国・水上バスからのスカイツリー