帰省して行ったこと、気づいたことなど

毎年できるだけ帰省するようにしている。私には兄弟がいるが、兄と弟は鹿児島で仕事をし家庭をもっている。母親は80歳をこえて、一人暮らしで、転勤が多い兄弟ゆえに同居するわけにもいかない状況だ。そこでお盆を待たず、この時期早めに母親のもとを訪ね、お盆には兄弟が駆けつけるというようなスタイルを採っている。兄弟と会えないのはやや寂しいが、いたしかたない。

私としては、事情が許せば家族で帰るが、今回の様に私ひとりで帰ることもまあまあある。目的は、母のようすを見に行くこと、そして父祖の墓参り(妻の実家も)、あとは美術館など催し物をやっていれば時間をみて行き、その他、鹿児島で詩を書かれる方にお会いするこだろうか。

〇藤田文江という詩人(1908ー1933)について「詩人 藤田文江」を書かれた村永美和子さんを訪ねて川内に行った。村永さんは先日写真を挙げておいたが、文江の唯一の詩集『夜の聲』の本物を持っていらっしゃる。それを初めて見せていただき、手にした。思ったよりも小さく、少し驚いた。鹿児島詩話會が発行していた。これから「藤田文江論」をまとめたいと思う。同時代の詩人たちについては、すでに村永さんが書かれているから、私は作品を中心に今、なぜ藤田文江なのかわかるように論をまとめたいと思っている。

川内のまごころ文学館でお話をうかがったが、とても有意義だった。文江さんの妹さんが東京都調布市に90歳をこえてお元気で、ぜひお話を聞きに行きなさいと言われた。ご紹介いただけるようで、知らなかったことなどがわかれば幸いだ。

川内の文学館では、故郷の文士、有島三兄弟(有島武郎、画家・生馬、作家・里見?)の展示や「改造」の編集をしていた山本實彦の展示が見られた。また写真家・田沼武能の『貌』の写真展(文士や画家など)を開催しており、見ごたえがあった。

台風5号の接近でいろいろな方とお会いする機会を得たいと思っていたが、計画が立てられず、強風の合間をぬって鹿児島市内で映画「ザ・マミー」と市立美術館で「バロックの巨匠展」を見ることができた。前者は、エジプトの悪に身を任せた王女の復活劇で世界系のストリーを、超人間・トム・クルーズが潜り抜ける話だった。何も考えず楽しめるハリウッド・エンタメ映画だろう。夏の後半にあまりシネコンによい映画がないのはなぜだろう。市立美術館の「バロックの巨匠展」はもちろんカラヴァッジオそのものなどは来ていないが、カラヴァッジオに影響された画家たちのものや(イタリア)ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ、カラヴァッジオサラテェーニ、(オランダ)レンブラント、(フランドル)ルーベンス、ヴァン・ダイク、(スペイン)ベラスケス、ムリーリョ(フランス)プッサンなど。また鹿児島の画家たちの常設展(黒田清輝和田英作藤島武二東郷青児、海老原喜之助、山口長男など)洋画は(ステラ、モンドリアンユトリロセザンヌピサロシスレー、モネ、ブラック、エルンストなど)、そして橋口五葉と夏目漱石絵ハガキ展をやっ

ていた。

彫刻類はロダンブールデル、マイヨール、ザッキンなど。茶器は龍門司焼、白薩摩にすばらしいものがあった。

〇墓参りそのほか家のことを話すうちに、住民基本台帳などの資料が出てきて、5代前の先祖の名前や来歴を初めて知った。旧家でなければ生きている人の記憶を頼りに曽祖父・曾祖母くらいまでだろうが、その前がわかってちょっと気づくことがあった。こういったことは、いいとか悪いとは別でその流れがわかるだけでとても気持ちのよいことだと思った。タイミングや運もあると思う。

運よく、台風5号は鹿児島をそれて、帰りの飛行機にも影響はなかった。

東京ステーションギャラリーで今行われている「不染展」を見てきた。彼の描き方は、途中で水墨画の描き方を取り入れて、2・3回スタイルを変えている。遠近法を中心の主題と背景でいじっており、とてもおもしろい構成になっている。前期から斜視鳥瞰的な視点をとり、後期から背景を描くのやめて正面から描き、視界を遮るような山や壁を対象(主題)の背後におくような構図を考えている。奥行きを殺すような、対象だけを描くような描き方だ。

帰省の日記(記録)をここに書き留めておきたい。